一方で、この二作品は主人公の立ち位置が全く異なっています。「ものの歩」主人公の信歩はプロを目指す決意はしても、定跡もままならぬド素人。方や「或るアホウの一生」の瞬は、まさにプロ目前の三段棋士。狭い門、高い壁、手強いライバルに囲まれた修羅場の、真っ只中で戦っている人物です。
・「信じてまっすぐ一歩一歩進み、ひたすらに努力して少しずつ強くなる」そんな王道の物語を歩んでいる信歩。
・「信じてまっすぐ頑張ってきたけど、それだけじゃ超えられないどん詰まりで苦しむ」どうにもならなさにあがいてもがいて明日も見えない瞬。
道を違えているのではなく、同じことを同じように頑張っているふたり。だけど、信歩は着実に歩みを進めていて、瞬は進めない。それは、信歩が初心者で覚えることがたくさんあるから。言い換えれば、彼が今はまだ弱いから。方や瞬は三段リーグで戦う棋士。相応の実力をすでに持っている人物。けど、周りにもっと強い人がいっぱいいて、その中で勝つためにどうすれば良いのかが分からず、のたうち回っているところ。立ち位置の違いから来る二人の対比には、一筋縄ではいかない勝負の世界の奥深さを見ることができるでしょう。
言わば瞬は、信歩の歩く道の遙か先に立っている人物です。いずれ信歩にも、瞬のように壁にぶち当たってのたうち回る日々がやってくるのでしょうか? 少なくとも信歩の周りには、現在進行形でそうなっている人が何人もいる様子。彼らの苦しみを、今はまだ端から見ているだけの信歩。彼がそう志すように、いずれそれを彼自身もまた知ることになるのでしょう。
プロを目指してひたすらに励み、多くの時間を将棋に費やす彼らに、普通の青春らしきものはありません。勝った楽しい負けた悔しい、と言っているだけでは済まされない、己の存在意義を賭けた戦いに身を投じている棋士たち。遅まきながらその入口に立った信歩と、もっとも苦しい戦いの中でもがいている瞬。この二人が出会ったらどんな話をするのだろう? と、そんなことも思ってしまう程に、通じるところと異なるところの対比がそれぞれの作品をさらに魅力的にしてくれる、そんな二作品です。数多ある将棋マンガの名作に、新たに名を連ねる二作となるはず!